出羽三山・弥陀ヶ原 散策と 蔵王温泉
平成22年8月23日〜25日
JTB 旅物語

東京駅丸の内南口・丸ビル前 07:00 出発
新宿駅西口・新宿センタービル前より乗車組と合わせて総勢46名

1日目

湯殿山(出羽三山奥宮)
 三山の中でも、湯殿山は特別に神秘的な山とされ、
昔は何日も前から厳しい精進潔斎をしなければ、お参りすることができなかった。

 湯殿山神社には社殿がなく、御神体は熱湯の湧き出る茶褐色の巨大な霊巌です。
 江戸時代には、西の伊勢参りに対して、東の奥参りと称して、両方をお参りした。

湯殿山参籠所から湯殿山神社本宮入口までは徒歩で約30分の登り道です。

御沢駆けとは
 湯殿山本宮に到る梵字川の両岸には色や形の変わった岩や洞窟があり、
昔はそれらを神仏として礼拝しながら上りました。
 しかし、明治維新後、御沢駆けは危険な箇所が多いため禁止された。
 現在は、本宮まで車道が通じ、拝所の場所にそれぞれ碑が立てられ、手を合わすこともできます。

お祓い/ 参拝
 本宮の御寶前に参詣するためには、先ず素足になり、お祓いを受けなければなりません。
 御祓い場でお守りと小さな紙の人形(ひとがた)を受け取り、我が身の穢れを人形に移し、
最後に息を吹きかけ、足元を流れる渓流に流します。

岩供養
 御寶前の左手に、湯殿山霊祭所と呼ばれ「岩供養」として知られる大きな岩があります。
 参拝者は、先祖代々と書かれた依代(よりしろ)を滴る水に濡らしてこの岩に貼り付けます。
 (紙に書かれた文字が時が経つにつれ消えてしまった時、
死者の霊は穢れが浄化されて生まれ変わったとされるのです。)

斎藤茂吉と湯殿山
 三山を詠んだ歌は判明しているものでも178首に及んでいます。
 三内の歌碑には「わが父も母もいまさぬ頃よりぞ湯殿の山に湯はわき給ふ」の歌が刻まれています。

芭蕉と湯殿山
 句碑には「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」の句が刻まれている。

以上、湯殿山資料のパンフレットより抜粋しました。 


大鳥居の向こうは神秘の霊場

蔵王温泉  扇の館 岡崎屋旅館 宿泊  源泉かけながし

宿からマイクロバスで数分のところに
蔵王温泉の源・温度の異なる源泉かけながし露天風呂がある
朝7:00から夕方の5:30まで入浴できる

蔵王温泉のツアーは今回で3回目、
この露天風呂に入りたいと思っていたが時間の関係などから初めて入ることができた。
ここでは温泉に浸かるだけ。


2日目

月山(標高1984メートル)
 出羽三山の主峰として秀麗な姿で聳え立っている。 

やっとバス1台が通れるくらいの道幅
優しい女性ドライバーが上手に運転、安心して乗っていられた。

8合目(標高1400メートル)まではバスにて
弥陀ヶ原湿原遊歩道散策、距離:2〜3km 所要時間:約1時間
高山植物の宝庫(チングルマ・ニッコウキスゲ・ミヤマホタルイ・ワタスゲ・モウセンゴケ・トキソウ・ヨツバシオガマ)
8月の終わりだったので、チングルマ?ウメバチソウ?くらいしか咲いてなかった。







弥陀ヶ原 月山中之宮 月山本宮

羽黒山
 三山の神々を合祀するお山であると同時に
「羽黒派古修験道」の道場として今に伝える。
今から約、1400年前の推古天皇(593)、第32代崇峻天皇の第一皇子・峰子皇子が
羽黒山を開かれたのが出羽三山の始まり。

久木綾子さんが禊の塔と言う羽黒山五重塔を題材として作品を書いていらっしゃるので
是非、参拝したいと言う思いが強かった。

出羽三山神社の入口
湯殿山・月山は冬場になると豪雪地帯で登ることができない。
羽黒山は三神合祭殿

山頂に至る約二kmの参道には、樹齢300〜600年に及ぶ老杉が生い茂り、
石段は全部で2,446段に及ぶ。
一の坂の登り口に五重塔が聳え立つ。
素木造り、柿葺、三間五層の均整のとれた優美な姿で
東北では最古の塔。昭和41年国宝に指定された。
創建は平将門、再建は庄内の領主で羽黒の別当であった武藤政氏によると
伝えられている。






3日目

蔵王おかま

天気は上々、晴れ渡り四方、良く見えた

恵美子さん提供
刈田岳の頂上(1758メートル)

感想

総勢46名のわりには、ご家族でいらっしゃっている方が多く
車内、食事中、皆さん比較的、静かで、添乗員の話も良く聞いていました、

集合時間に遅れる人も居なかったので、予定通り順調に運びました。

ドライバーが女性でしたが難所を巧みに慎重に運転し、
添乗員は男性でしたが諸々の説明がかなり、完璧でした。

宿の女将・大女将も上品で好感が持てました。
と言うことで、旅行会社のサービス向上と合わせ、気持ちの良い旅でした。

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