イ ン ド 世界遺産の旅

デリー・ジャイプール・アグラ

2014. 1. 9~2014. 1.13

旅物語

参加者:16名

添乗員なし

1月9日(晴)

成田発       17:20  NH917

デリー着      00::20  (1月10日)現地時間

           時差3時間30分 (飛行時間:約10時間半)

バスに乗ってホテルに向かう。

あたり一面、霧?、スモッグ? 視界が悪い。

ホテル着     深夜        

1月10日(晴)

デリー観光 バスにて

 


車と人が溢れかえるデリーの町を左右見ながらの観光です。

ちらっとパリの凱旋門に似た「インド門」 が見えました。

予定に入ってなかったが、建国の父、ガンジーが荼毘に付された記念の地

広大な敷地は公園になっていて黒大理石の慰霊碑をバスから降りて眺めた。

 

世界遺産・フマユーン廟

ムガル帝国の王妃ハージ・ベグマが悲運のうちに死んだ夫のために建設した。

世界遺産・クトゥブ・ミナール

世界最高のミナレット

ミナレットとは:モスクに付随し、礼拝j時刻の告知を行うのに使われる塔。


世界遺産・レッド・フォート(赤い城)

ムガル帝国時代の城塞、城壁の赤い色は赤砂岩

かすんで赤い色が見えない。 
 


1月11日(晴)

ジャイプル

1728年にカチワーハ家の王、サワーイー・ジャイ・スィンの名をとって
ジャイプールと呼ばれるようになりました。

「プル」 は、城壁に囲まれた町を意味します。


世界遺産・ アンペール城

16世紀、この地を支配したカチワーハ家の王国の首都

内装が美しい。勝利の間、別名:鏡の間は壁面に鏡をちりばめた幾何学模様で飾られています

 


風の宮殿

ジャイプルのシンボル的な建物です。


シティパレス(宮殿)

ジャイプルの城郭都市を建設したマハラジャ、サワーイ・ジャイ・スイン2世1726年に建て始められました。

現在も敷地内にはマハラジャの子孫が住んでいます。

  白 蛇と一緒に  
 

世界遺産・ジャンタルマンタル天文台

サワーイ・ジャイ・スイン2世によって造られた天文台です。

 


1月12日(晴)

アグラ

世界遺産・タージ・マハール(白亜の殿堂)

ムガル帝国のシャー・ジャハーンが愛妃のために造営した廟墓。

1632年ころ着工して22年かけて完成させた。

白大理石の巨大な建造物は壁面がアラベスク模様、華麗な浮き彫り、透かし彫りなど。


 

濃霧なため、残念ながら鮮明な写真が撮れなかった。
上記の写真は絵葉書のコピーです。


世界遺産・アグラ城


ジャハーンギール殿 
 
 アクバル帝が息子のために造った
と言われる二階建ての宮殿

世界遺産・ファテーブル・シクリ

勝利の都と名付けられた地

ムガル帝国の第三代皇帝アクバルは世継ぎに恵まれませんでした。
この地に住む聖者の予言を賜り、その予言通り3人の息子をに授かったため
記念としてアグラからこの地に都を移しました。
今では子宝に恵まれる地としてインド人に人気の巡礼地にもなっているそうです。
広い敷地には宮廷やモスクなど様々な建築物が造られました。


大型車両は世界遺産の近くまで行かれないので下のような小型の車に乗り換えました。

   
ファテーブル・シクリ   タージマハル

昼食 ターリー料理

 


夕食 中華料理

   


深夜:デリー発      01:25 (1/13)    NH918

1月13日(晴)

成田着       12:30         定刻より早く無事着きました。感謝!

後記

敬遠していたインド旅行でしたが、凄く楽しかったです。
タージマハルが目的でしたが、世界遺産のすべてに心が躍りました。

濃霧で写真がうまく写らなかったことは残念でした。
もっと勉強しないと、いつもながらの反省です。

同行の人たちは、アクの強い人が居なくて楽しかったです。
誰も具合の悪くなった人が居なかったことは幸いでした。

今回の旅行で腑におちなかったことは、世界遺産の入場券が1枚も渡されなかったことです。
すべて現地のガイドに即、回収されました。

現地のガイドはこんなものかもしれませんが、始めは日本語が聞き取れなくて困りました。

この旅行で良かったことは、食事が付いていたことと、特に食べられない物が無かったことです。

バスの移動が多く、歩く距離が短かく私にとって助かりました。

足越、鍛えて海外旅行にまた、行きたいと思います。

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