世界遺産に向けて

石見銀山

従姉弟・Y女史・私の4人はルーツを求めて一路出雲へ

16世紀〜17世紀の約100年の間には大量の銀が採掘され、
大内氏、尼子氏、毛利氏といった戦国大名の軍資金や江戸幕府の財源として使われました。
17世紀前半の石見銀の産出量は年間約1万貫(約38t)と推定され、
世界の産出銀の約3分の1を占めていたと言われます。


一日目(平成18年5月17日

羽田発11:05 出雲着12:25 
空港からバスで約25分 出雲市駅到着

ツインリーブスホテル出雲

出雲大社

因幡の白兎や縁結びの神様として知られ
神無月(10月)には全国の神様が集まって来られると言う伝説の社
神社には、伊勢神宮系と出雲大社系があるそうです

昼食は羽根屋で蕎麦
ツインリーブスホテル出雲に宿泊

JR出雲市駅 お参りの仕方
二礼四拍手一拝
大国主命と
因幡の白うさぎ


二日目(平成18年5月18日)

出雲市駅よりタクシーで大田市役所に到着

打ち合わせ

石見銀山は大正12年に閉山となりましたが
同行のY女史のおばあさまは、Y女史が昭和58年迎えに行くまで 
石見銀山の一番上に一人で住んでいらっしゃいました。
Y女史の土地の一部は 今なお 世界遺産に指定されている区域に含まれています。
Y女史の隣家が私共の先祖が住んでいたところで
同行の従弟は朝鮮からの引き揚げ後 
一時、身を寄せ、土地の中学に通学しました。
彼にとっては 一入感慨深いものがあったようです。

石見銀山の発見
室町時代末期の1526年、筑前博多から日本海を東上してきた博多の豪商紙屋寿禎が、
はるか南の山が輝くのを見て驚き、船頭からそれは銀峯山(仙ノ山)という名で
かつてその山から多くの銀を出していたことを聞きました。

採掘の始まり
紙屋寿禎は出雲大社の近くにある鷺銅山の経営者三島清右衛門にこのことを相談し、
神屋と三島は3人の技術者を引き連れ、
1526年3月23日、仙の山の谷々にて銀鉱石を採掘したといいます。
石見銀山は大田市大森町に中心があります。

石見銀山遺跡の中の大森地区(龍源寺間歩
龍源寺間歩とは、江戸時代の中期正徳五年に開発された代官所直営の間歩
間歩(まぶ)とは、銀鉱石を求めて掘られた坑道です。
間歩の発掘は一日五交代制で二十四時間のフル稼働でした。
縦一m・巾六十cmの横穴掘りは大変な作業であり、熟練の掘子でも
一日三十cm掘り進むのがやっとだったということです。

入場料金 大人400円  現在は大田市が管理しています

遠藤係長 切符売り場 間歩入り口 坑内 実測図
本坑道 実測断面図 四つ留役所 絵巻物より 柄山捨て場

四つ留役所とは坑内の監督や見張りを行うところ

左は水鋪水取之図 唐箕風箱之図 御入用払之図 鉱石を掘る 鏨を鋏で固定し鎚で叩く
龍源寺間歩入り口 坑道 栃畑谷案内所 鉱床断面図 まむしが出る

間歩を出ると、付近には室町時代から江戸時代の屋敷跡や神社仏閣などが点在しています

香り袋屋さん 当時の両替屋 銀細工屋さん 栃畑谷・昆布山谷の看板 佐毘売山神社


唐(=韓、朝鮮半島)からの技術導入をこの地区は伝えています

天下分け目の合戦で勝った徳川家康はまっさきに石見銀山を押さえ、その財宝の独占を図りました

輝光さん提供
食事処 自動販売機

付け替えられた橋 旧家 食事処 中央の山が銀山 自動販売機

中世から近世の歴史ロマンを静かに表現している町並み

宿泊先 ひろた屋

メイン通り 旧家がブティックに ひろた屋さんの幟 ひろた屋さんの階段 ひろた屋さんの階段

石見銀山で唯一の宿屋・ひろた屋

夕食 朝食 昼食

夕食と昼食に出されたはまぼうふは、もやしに良く似た浜でとれる珍品・辛子酢味噌味

三日目(平成18年5月19日)


主に資料館・旧家・菓子屋・石見銀山で栄えた商家(重要文化財)などを見学

石見銀山資料館

代官所跡 代官所表門 神宮寺 通気管図
天秤棒 鉱脈に沿って掘られた 金の秤 坑内で使用した工具

坑内の通気と排水には工夫がされていたようです

輝光さん提供


かんてら 尻当てと草鞋 熊手 石見銀山街道


仁摩サンドミュージアム

出雲市駅から車で約20分のところにあります。

世界最大の一年計(砂時計)


砂暦

高さ21m、底辺が17m四方あり、この中に、直径1m、高さ5.2mの
世界最大の砂時計が納められています。
落下する砂の量は直径平均サイズ0.106mmの粒が1トン。
丁度365日かかって落下する「一年計砂時計」です。

(仁摩サンドミュージアム資料より)


四日目(平成18年5月20日)

平均年齢78歳の私どもは先ず無理をしないことをモットーにゆっくり旅になりました。
温泉津界隈も観光したいところが数箇所あったようですが、
”先祖のルーツを探りに”と言うことが目的でしたので
一路帰京の途につきました。

輝雲荘前

従弟 65年ぶり再会

温泉津より単線のローカル鉄道に乗って出雲市駅へ約1時間
温泉津駅 

出雲市駅より空港行きのバスで25分 出雲空港着
出雲空港発13:15 羽田空港へ


温泉津温泉御宿案内より

むかし、温泉津の町は、せまくふかい谷間でした。
うっそうとしげった草木は、
昼間でも谷そこを暗くしていました。
ある時岩山の少し低くなったところに
湯煙の中で一匹のたぬきが
じっと立ちすくんでいました。
どこでけがをしたのか傷口に、
湯をつけては流し、つけては流し・・・。
あくる日も、またあくる日も。
十日ばかりたった頃、
もうたぬきはいなくて、
熱いお湯がこんこんと
ほとばしっていました。


お礼

大田市教育委員会・遠藤係長様、当時、大田市商工観光課にいらした渕橋様
お忙しいところ資料を送って下さいまして有難うございました。
数十年ぶり、私の場合は初めてでしたので、
遠藤様に一日ご案内頂きましたことは感謝感激です。


世界遺産登録 おめでとうございます


☆応援いただいた皆様へ☆
   遠藤浩巳

 6月28日、石見銀山遺跡は第31回世界遺産委員会において「世界遺産登録」と
なりました。調査等に取り組んで12年、これまで皆様から頂いたご指導、ご協力が
あって成し遂げられたことであり、心よりお礼を申し上げます。今後は保存管理と受
け入れの両面での整備を確実に進めていくことになりますが、変わりませずご支援を
いただきますようお願いいたします。
 また、登録のお祝いのメッセージをたくさんの方々からいただきありがとうござい
ました。二日たってようやく喜びとともに、事の重大さを実感しております。十分な
現状の整理ができずに今に至っておりますが、取り急ぎ、お礼のごあいさつとさせて
いただきます。

   6月30日

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〒694-0064 島根県大田市大田町大田ロ1,111
大田市総務部石見銀山課 課長補佐 遠藤浩巳
   TEL : (0854)82-1600 内線344
FAX: (0854)84-9156
e-mail : endou-h@iwamigin.jp
   URL:http://www.iwamigin.jp/ohda/
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2007年6月28日世界遺産に登録され、上記の喜びのメールが私の手元に届きました。
誠にお目出度うございます。

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