沙羅の木に魅せられて

平成15年6月18日朝日新聞天声人語より

 その白い花には、ふんわりだけでもなく、ぼんやりだけでもない、不思議なやわらかさがある。高さ3メートルほどのナツツバキが、白色5弁の小ぶりの花を幾つもつけて通り道の家の植え込みに立っていた 梅雨空の下、葉の緑に控えめな白を点々と置いた姿が、目に程良く感じられる。「ええ、沙羅の木なんですよ」。その家の人は、木の別名を口にした。「さら」という異国的な音には、はるかな世界へ誘うような響きがあった。 東京・千駄木の森鴎外の旧居跡にも、大きな沙羅の木がある。今は文京区立鴎外記念本郷図書館となった跡地の一画に立つ。

鴎外の沙羅の木の詩

褐色(かちいろ)の根府川(ねぶがわ)石に/白き花はたと落ちたり/ありとしも青葉がくれに/見えざりしさらの木の花

森鴎外の観潮楼跡


          三人冗語の石


案内板より

 森鴎外(林太郎、1862〜1922)は通称 ”猫の家”(現向丘2-20-7 鴎外が住み後夏目漱石も住んだ)から明治25年(1892)ここに移った。2階書斎を増築し、東京湾の海が眺められたので観潮楼と名づけた。庭には戦火で焼けた銀杏の老樹が生きかえっている。三人冗語の石はそのままであるが鴎外の愛した沙羅の木は後に植えかえられた。

                                                                           
 6月20日、梅雨の中休みで天気は上々、散歩がてらに天声人語で紹介された鴎外の沙羅の木を見に行きました。残念ながらたった一輪しか咲いていませんでした。 その代わりではありませんが、沙羅双樹の寺として有名な京都妙心寺山内東林院の沙羅をご紹介します。


花のささやき

東林院案内より

 沙羅双樹は、お釈迦さまが入定された時、いっせいに花開き、その死を悲しんだといわれ、仏教とゆかりの深い名木です。
 インドと日本の沙羅双樹は種類が違いますが、「平家物語」にうたわれた沙羅双樹は日本の木がイメージされたもののようです。朝に咲き夕には散りゆく ”一日花 " の姿が、人の世の常ならぬことをよく象徴しています。
 ”形あるものは必ずこわれて行く。形美しきもの永遠に保てず”
 お釈迦様は「今日なすべきことを明日に延ばさず、確かにしていくことがよき一日を生きる道である」とお教えになっています。沙羅の花は一日だけの生命を悲しんでいるのではなく、与えられた一日だけの生命を精一杯咲きつくしています。
 人間の生命にはいつかは限りが来ます。
 そこから「生かされている人生をどう生きるか。今日を無駄にはできない」 つまり 「今は今しかない。二度とめぐり来ない今日一日を大切に、悔いなき人生を送らねば.....」という気持ちがわいてはこないでしょうか。 
 この仏縁深き花のもとで、静かに座って自分を見つめ、”生きる” ことについて考えてみてください。

 2003年6月12日の京都妙心寺山内東林院の沙羅


沙羅双樹

 満開とは言えませんでしたが、沙羅のお寺だけあって若い沙羅の木々も見事な花を咲かせておりました。

山田無文老大師御作

佛さへ 身まかりませし花の色 見ていま沙羅に おもえ諸人

 お釈迦さまのお涅槃(お亡くなりになったこと)がインドの沙羅双樹の下と言い伝えられておりますので、ここ東林院では、その言い伝えにならって、沙羅(日本のナツツバキ)をニ本仕立てにしたと思われます。

沙羅によせて

水仙さん提供のナツツバキ(沙羅)

何ときれいなのでしょう

横浜市富岡総合公園にて

水仙さんの妹さん写す

6月23日 添付メールにて

有難うございました


花のいのちは 短くて 苦しきことのみ 多かりき

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